昼のコンビニには目的がある。みんな忙しなく入ってきて、お弁当を温めて、足早に去っていく。レジには列ができて、店員さんの手も止まらない。生活の通過点としての、健全なあわただしさがそこにある。
ところが深夜2時、その喧騒はきれいに引いている。店内には数人しかいない。雑誌コーナーで立ち読みする人、カップ麺にお湯を注いでじっと待つ人、何を買うでもなく冷蔵ケースの前で長考している人。みんな一様に、少しだけ世間から外れた顔をしている。私も、たぶんそういう顔をしている。
深夜2時のコンビニは、昼間と同じ店とは思えない。同じ照明、同じBGM、同じ棚なのに、流れている空気がまるで違う。あれはたぶん、昼とは別の国だ。パスポートは要らないけれど、入れる人は限られている。
昼のコンビニには目的がある。みんな忙しなく入ってきて、お弁当を温めて、足早に去っていく。レジには列ができて、店員さんの手も止まらない。生活の通過点としての、健全なあわただしさがそこにある。
ところが深夜2時、その喧騒はきれいに引いている。店内には数人しかいない。雑誌コーナーで立ち読みする人、カップ麺にお湯を注いでじっと待つ人、何を買うでもなく冷蔵ケースの前で長考している人。みんな一様に、少しだけ世間から外れた顔をしている。私も、たぶんそういう顔をしている。
深夜の客には、なんとなく仲間意識がある。会話を交わすわけでも、目を合わせるわけでもない。それでも、「この時間にここにいる」という一点だけで、ゆるやかに繋がっている気がする。仕事帰りの人、眠れない人、夜が長い仕事の人。事情はバラバラなのに、同じ蛍光灯の下に静かに集まっている。
店員さんも、昼とは少しテンポが違う。慌てる必要がないからか、動きがどこかゆったりしている。深夜のレジで「温めますか」と聞かれる声の、あの落ち着いたトーンが、私はわりと好きだ。
深夜のコンビニで買うものは、不思議と昼間とは変わる。栄養とか効率とか、そういう昼の論理がゆるんで、「いま食べたいもの」だけが残る。揚げ物、甘いもの、よく分からない新作のお菓子。理性が眠っている時間帯だからこそ、カゴの中身が正直になる。罪悪感は、朝になってから受け取ることにしている。
外に出ると、街は静まり返っていて、コンビニの灯りだけがやけに明るい。あの白い光は、夜の中にぽつんと浮かぶ小さな港みたいだ。帰る場所がある人も、まだ帰りたくない人も、とりあえずあそこに寄れば、温かいものと明るさが待っている。深夜2時のコンビニは、たぶんそういう場所だ。