見慣れた棚に、見慣れないものがある。ほんの一瞬で気づく。パッケージの色が違う。「新発売」のシールが光っている。まだ誰も手を伸ばしていない。……勝った。何にかは分からないが、とにかく勝った。
コンビニの新商品というのは、たいてい火曜日あたりから静かに現れる。前触れもなく、棚の一角がすっと入れ替わっている。毎日同じ店に通っていると、この変化に異様に早く気づくようになる。棚全体を見ているわけではないのに、「いつもと違う何か」だけが目に飛び込んでくるのだ。人間の脳の、無駄に優秀な部分である。
そして手に取る。まだ誰のレビューも読んでいない。SNSで見かけたこともない。世界で最初に、というのは言いすぎでも、少なくともこの店では最初にこれを認識した人間は自分だ。そう思った瞬間、背筋がすっと伸びる。何の役にも立たない優越感が、じんわりと胸に広がっていく。
問題 / この戦果、報告先がない
ところが、ここで困ったことに気づく。この勝利を、誰にも報告できないのだ。
家族に「今日、新商品を発見した」と言ったところで、「ふうん」で終わる。会社の同僚に話しても、話題としてはあまりに弱い。SNSに書くには、あまりにも中身がない。「新商品を、他の人より早く見つけました」。文字にすると、驚くほど何も言っていない。
報告先のない勝利ほど、扱いに困るものはない。かといって、なかったことにするには惜しい。だから私たちはレジまでの数十歩のあいだ、ひとりで静かに祝勝会をする。誰にも気づかれないように、ほんの少しだけ、いい気分で歩く。
厄介なのは、この優越感が長続きしないことだ。だいたい3日後には、SNSで同じ商品の実食レポートが流れてくる。写真もうまい。感想も的確だ。「あ、みんなもう食べてる」と気づいた瞬間、あの日の小さな勝利は、静かに消滅する。もともと誰とも競っていなかったのだから、当然といえば当然である。
それでも私は懲りずに、明日も棚の変化を探している。今日は何か新しいものがあるだろうか、と。そして見つけると、また勝つ。誰にも言えない勝ち星が、財布の中のレシートみたいに、静かに溜まっていく。
✦ きょうの結論 ✦
「誰とも競っていないのに、
ひとりで勝っている。
それがいちばん平和だ。」
── レジまでの数十歩で祝勝会をする人より
ちなみに、この趣味には少しだけ副作用がある。新商品を見つけた高揚のまま買ったものは、味の記憶がやたら良いのだ。冷静に考えれば普通のお菓子でも、「自分が最初に見つけた」という補正がかかって、妙においしく感じる。人間は、けっこう簡単に自分を騙せる。
だから、たまに失敗もする。勢いで買った新商品が、次に行ったときには棚から消えていて、二度と会えないこともある。あれはあれで、独占的な思い出になるので、まあ悪くない。
🌙 きょうも、棚を見に行く
誰にも自慢できないし、記録にも残らない。何の得にもならない趣味だ。それでも、いつもの棚にひとつだけ知らないパッケージを見つけた瞬間の、あのちょっとした胸の高鳴りを、私はまだ手放したくない。
今日も帰り道、いつもの店に寄る。何もなければ、いつものお茶を買って帰るだけ。でも、もしかしたら。その「もしかしたら」のために、私は毎日あの自動ドアをくぐっている。